最後の夏休み・5
2007年12月27日11:41
翌日、ジジイは壁を突き破っていた。

元々の理解力は悪くない。
必要なのは、きっかけだった。
イメージだった。

全体を掴んだことで、ひとつひとつのHTMLタグの意味を、より深く理解するようになった。
CSSも話は同じだった。

ジジイは、ブログのデザインを少しずつ、自分のイメージに近いモノに変えることが出来るようになった。


オレはそれを見て、アフィリエイトのやり方をジジイに教えた。

「ジジイ、アフィリエイトはな、自分のサイトで広告屋をするようなもんなんだ。
ジジイはインターネットを使えるようになったけど、インターネットで買い物をしたいって思ったら、どうする?

検索して、商品を探すだろ。

そして探したページで満足のいく情報が得られたら、買おうとする。
じゃあ、どこで買ったらいいのか。
探したページでそれらの情報が完結しているれば、買い物が出来るわけだ。

結局、オレが今言ったことを満たすページを作れば良いんだよ。

ただ、それには検索順位の上位に表示される技術がいる。
安心して買おうと思えるサイト作りの技術がいる。
安心して買うことが出来るくらいの情報を、集める能力がいる。
そして、それらを、プログラムで実現することも出来る。

だけど、最終的には、『買いたい』というニーズに応えられるページを作る、と言うことに集約されるんだ。
それを忘れなければ、大丈夫だと思う。」


ジジイは新たにブログを立ち上げ、懐メロのCDを紹介するサイトを作り上げた。

自分がどういう時に聞いていて、どういう思い入れがその曲にあるのか。
ジジイは一つ一つの懐メロを、そういう思いとウンチクを含めて書き綴った。
ジジイは驚くほど懐メロを知っていた。

営業している時、流行の曲と言うのは結構話題にしやすかったらしく、ウンチクもメモして残していたらしい。

オレが言うのもなんだが、ジジイのサイトは良いサイトだ。
たぶん、記事を読んで、懐かしく思う人も多いだろう。

SEOのテクニックなどのこともあり、どれくらい稼げるようになるかはわからないが、ついこの間までパソコンすら扱えなかったジジイが、充実したサイトを作っていることに、オレは何より価値を感じている。
儲かる事が大事なんじゃない。それは、人生と同じだ。



「おい、ケンスケ。」

ジジイがブログの更新の手を休め、オレに話しかけてきた。

「あのな、このサイトなんだが、どうやったらこういうサイトになるんだ?」

ジジイがそう言ってブラウザで開いたサイトを、オレは見た。
どこから見つけて来たのかわからないが、落ち着いた雰囲気の丁寧に作りこまれたサイトが表示されていた。

ソースを見る。
このソースはブログじゃない。
たぶん、Dreamweaverで作ってある。
使ってる画像は細かいところまで、一つ一つが丁寧に仕上げられていた。
そして、統一感があった。
今まで素材配布サイトとか、他のサイトでも見たことが無い画像で、全てたぶん、オリジナルだ。
IllustratorとPhotoshopでないと出来ない仕上がりだと思う。

「ジジイ、これはな、かなり高いソフトを使って画像を作って、Dreamweaverっていうこれまたちょっと高いソフトでホームページに仕上げてあるぞ。たぶんだけどな。」

「そのソフトがあれば、俺にもこういうサイトが作れるようになると思うか?」

「努力次第だと思うけど、そのソフトがあれば、だいぶ違ってくると思うぞ。」

「よし、今からそのソフト買いに行くぞ。
ついて来い、ケンスケ。」

マジかよ、ジジイ。
それ全部買ったら、いくらになるんだよ。びびっても知らねえぞ。



オレとジジイは、またあの大手電気店へ向かった。

「おーい、ハシモトさーん。」

またかよ、ジジイ。店内で叫ぶなって。

かわいそうなハシモトさんは小走りで駆け寄ってきた。
パソコンを返品されるとでも思っているのか、かなりの不安顔だ。
そんな空気を読むことなく、ジジイがハシモトさんに話しかける。

「ハシモトさん、おかげでブログが作れるようになったぞ。
今日はソフトを買いに来た。
ほら、ケンスケ、なんていうソフトだ?」

あのアオキさんがブログを作ってる・・・ハシモトさんがかなりカルチャーショックを受けたような顔で、オレに聞いてきた。

「ご希望のソフトはなんでしょうか。」

「IllustratorとPhotoshopとDreamweaverです。」

ぽかーん、とハシモトさんが口を開けた。

「ええと、お孫さんにですか?」

「違う、俺が使うんだよ。」

ジジイが口を挟む。

「あ、あ、あ、そ、そうですか。
え、え、こ、こちらへどうぞ。」

ハシモトさんは何が起こっているのかわからないで混乱しつつ、ソフトコーナーへ案内してくれた。

「そのソフトなら、このセットがお得です。」

値段を見て、目玉が飛び出そうになるオレ。
ジ、ジジイ?帰ろうか?

「じゃあ、そのセットを下さい、ハシモトさん。」

って、即決かよ、ジジイ。

マンガを大人買いして喜んでいた、オレ。
ソフトを超大人買いする、ジジイ。

うらやましいぞ、ジジイ。


ついでにまた本屋によって、パソコンの書籍コーナーでWeb標準の(X)HTMLとCSSのデザインがしっかり書いてある本、Dreamweaverの本を2冊、Photoshopの本を3冊、Illustratorの本を3冊、ジジイはオレのアドバイスを聞きながら、買った。

「どんだけ買うんだよ、ジジイ。
年金生活で苦しいんじゃなかったのか?」

「墓まで金を持って行っても、俺は嬉しくないからな。
遺産を残す気もさらさら無い。
死ぬ時に、所持金ゼロが俺の目標だ。
ばあさんが生きていく分と、葬式代くらいは保険から出るだろう。」

ジジイはそう言って、ガハハハと笑った。



夏休みも、終わりが近づいた。

ジジイはその後も、驚くべき成長を遂げた。

HTMLとCSSを乗り越えたことで自信が付いたこともあるようだ。
IllustratorもPhotoshopも少しずつ、使えるようになって来ている。

オレはありったけのチュートリアルを探し出して、ブックマークに「チュートリアル」というフォルダを作り、全てそこに放り込んだ。
英語のページも入っているが、ジジイなら大丈夫だろう。

ジジイは、オレをすでに追い越している部分も出てきていた。
そして、わからないことはほとんど検索で調べて、解決できるようになっていた。
夏休みが終わりに近づいてからは、どうしてもわからないことはオレに聞くんじゃなくて、まず質問サイトで質問してもらうようにした。

最後の数日は、オレの出番はゼロだった。

オレがいなくなっても、もう大丈夫だ。
ジジイはこれからも、成長を続けていくだろう。
オレの初めてのパソコンの生徒が、こんなに成長してくれて、オレは嬉しかった。


大丈夫じゃないのは、オレの試験くらいだ。
なんとか試験の資料を一通りは眺めてみたものの、受かるかどうかは五分五分だろう。
戦々恐々としている。



そして、夏休み最後の日の夕食、ジジイとばあちゃんと三人で酒を飲んだ。


「せっかくの夏休み、来てもらって本当にありがとう、ケンちゃん。」

「いや、オレも暇だったから大丈夫だよ、ばあちゃん。
勉強はどこでも出来るしね。」

「もう、帰らんといかんのか、ケンスケ。
大学は結構、始まるのが早いんだなあ。」

「明日から試験なんだよ、ジジイ。
落ちると、卒業できない。
まあ、追試があるけど、本試験を受けていないと追試が受けられないんだよ。
これでもギリギリまでいたんだぜ。」

「そうか。
試験じゃしょうがないな。」

ジジイはそう言って、一杯目の焼酎をあおった。
ジジイは夕食の時、決まって焼酎を三杯、お湯割で飲んでいた。

オレは酒ではビールが好きだが、普段は飲まない。
今日は特別で、ばあちゃんが注いでくれたビールをグラスで飲んでいる。
ばあちゃんは、ほとんど飲めない。お猪口で日本酒をちょっとだけ飲んでいる。

「ケンスケ、明日は朝早いぞ。
俺が車で駅まで送っていくからな。」

ジジイはそう言って、席を立った。

「あら、おじいちゃん、もう飲まないんですか。」

「ああ、明日早いからな。今日はもう寝る。
少し、疲れたのかもしれん。今日はもういい。
じゃあ、先に寝るぞ、ケンスケ。」

ああ、ジジイおやすみ、と言って、オレはビールを飲み干した。
ばあちゃんがビールを注いでくれた。


ジジイが寝室に行ってから、ばあちゃんが話をしだした。

「ケンちゃん。本当にありがとう。
おじいちゃんはあんまり言わなかったと思うけど、私にはすごく嬉しそうにパソコンを使えるようになった事を話していたわ。
私には話の内容は難しくてわからないところも多かったけど、あんなに嬉しそうに話すおじいちゃんを見たのは、何年ぶりかしら。
本当にありがとう、ケンちゃん。」

オレはばあちゃんにそう言われて、照れくさかった。

「オレも正直、ジジイがここまでパソコンを使えるようになるとは思わなかったよ。
ジジイを見直したよ。
オレも来て良かったって、思ってる。
楽しかった。」

「おじいちゃん、喜ぶと思うわ。

おじいちゃんね、ずっとケンちゃんのことが大好きだったのよ。

私は、おじいちゃんがパソコンを買ったのも、たぶんケンちゃんに来てもらう口実だったって思ってる。

ケンちゃんによく荷物を送ってたでしょう。
あれは、いつもおじいちゃんから言い出してたのよ。
もう、リンゴの時期か、ケンスケに送るぞ、
お、新米が出てるな、ケンスケに送るぞ、ってね。
おじいちゃん、自分のお小遣いで買ったものを私に預けて、送れって言うのよ。
そして、差出人は私にするの。おかしいでしょう。」


オレは持っていたビールのグラスを、危うく落としかけた。

オレに荷物を送ってくれていたのは、ジジイだったのか・・・。

オレはジジイを嫌って寄り付きもしなかったのに、
いつもジジイはオレの事を気遣っていてくれた。

オレは何も知らなかった。

オレは・・・


オレは、バカだ・・・



突然、家の中に、聞きなれない物音が響いた。


寝室の方からだ。

オレとばあちゃんは、ただならぬ物音に、寝室へと走った。


寝室のドアを開けると、ジジイが・・・倒れていた。


<つづく>

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