2008年03月20日10:19
携帯のコンテンツに関しては、青少年向けのフィルタリングを作るべきか作らざるべきか色々と議論されていますが、私はあった方が良いんじゃないかと思います。理由は主に二つ。
ひとつはテレビをはじめとした色々なメディアには、フィルタが無いようでいてしっかりとあるわけです。
もうひとつはフィルタリングが無いと、子供に有害な携帯コンテンツを見せたくないという親にとって、何一つ子供を守る手段がないからです。
残虐なコンテンツを子どもにみせるべきか − 雑種路線でいこう
■テレビをはじめとした色々なメディアには、フィルタが無いようでいてしっかりとあると思う
テレビを見ていて、いきなり卑猥な画像が出てきたり、残虐な映像やグロい映像が流れてきたりすることは無いですよね。
これは、テレビ局側でそういうコンテンツをフィルタリングしているということではないのでしょうか。
卑猥なコンテンツや残虐なコンテンツだけでなく、色々な人達や団体に配慮したという経緯の「放送禁止の歌」や「発禁の本」も多数存在しています。
不祥事を起こした芸能人のコンテンツは、テレビで放送されないだけでなく、DVDからも削除されたりしていますし。
これはフィルタリングという言葉が無いだけで、実際にそういう機能はどこかで働いているわけです。
それに関してはツッコミを入れる人は誰もいないような気がします。
誰が見ても卑猥な画像は卑猥ですし、誰が見ても残虐とかいう画像もあります。
テレビで流れる映像は、そういうコンテンツに対して、最大公約数的なフィルタがかかっていて、ある程度いい形で機能していると思います。
そういう最大公約数的なフィルタリングをフィルタリングを行う組織でやってもらえばいいのではないかと思うんですけども。
いまの自民党案では内閣府の下に独立行政委員会として有害コンテンツの判断を行う機関をつくることになっているが、いちどつくった役所の組織は必ず肥大化する。それを正当化するために業務範囲を広げようとするし、いずれ北欧をモデルに大人に対してもフィルタリングしようなんて話さえ出るかも知れない。
この意見は一部はわかるのですが、委員会がそういう動きをしないようにきっちり監視していけばいい話であって、北欧の話まで持ってくるのは論理が飛躍しすぎなのではないかと思います。
「役所の腐敗」の問題であり、フィルタリングの是非とは無関係ではないでしょうか。
それをフィルタリングが必要かどうかという議論の土俵に上げる必要はあるのでしょうか。
■フィルタリングが無いと、子供に有害な携帯コンテンツを見せたくないという親にとって、何一つ子供を守る手段がない
例えば首つり自殺や飛びこみ自殺の無惨な姿をみたことがあれば、自殺に対して慎重となるのではないだろうか。
こういう先進的な意見を持っていらっしゃる親は少数派だと思います。そういう画像は見せたくないという親も多いと思います。少なくともテレビで放送されないような画像はフィルタリングして欲しいと思われている方が多いのではないでしょうか。
多感な時期の青少年には、たったひとつの残虐な映像が心に深い傷を残す可能性もあります。そういうコンテンツをフィルタリングしておきたいというのは普通の感情だと思うんですけども。
今の段階では、それをやりたいと思っても、親は無策です。
卑猥であったりグロいコンテンツを垂れ流す側は多くの手段を持っていて、親は何一つ子供を守る手段を持っていないという現状の方がある意味おかしいような気もいたします。
もしフィルタリングが実行されたとしても、フィルタリングに反対で子供にあらゆるコンテンツを見せたいという親は、自分の名義で携帯をもう一台買って、子供に与えるという選択肢があります。
でも、フィルタリングして欲しい親には、現状では選択肢が無いのです。
■フィルタリングより有効な手法
フィルタリングは手段の一つであって、それがなされたからと言って全てが終わるわけではありません。
委員会が腐敗しないよう監視したり、どういうコンテンツをフィルタリングするか、フィルタリングされすぎのコンテンツはないか、継続的に議論が必要だと思います。
ですが、実行しても差し支えない手段のひとつではないでしょうか。
子供を有害なコンテンツから守りたい親にとって、フィルタリングより有効な手段って何かありますか?
議論をする事でフィルタリングの実行を先送りして、親に何一つ手段を与えないことは問題ではないかと思います。
■何をフィルタリングするのか
これが一番難しい部分だと思うのですが、SNSが一律にフィルタリングされるとか言うのは問題があると思います。
ですが、SNS側もフィルタリングされるのはおかしいという権利を主張するなら、規約違反のコンテンツなどに対しては厳しい態度で対処をしたりしなければ、権利だけ主張するのはどうかという気もいたします。
また、フィルタリングされないために、青少年に有害な広告は表示しないということも必要ではないでしょうか。
そういう努力の上でSNSをフィルタリングしないというのであればわかりますし、SNS以外でも有害コンテンツを全く取り締まらないサービスはフィルタリングを検討したりすべきだと思います。
各論は難しいと思いますが、検閲にならないよう、効果的にフィルタリングを行うためには、運用にも多くの人の継続的な努力が必要だと思います。
<追記>
[代案ドットコム]携帯フィルタリングを今すぐ可能する方法
<追記>
訂正記事:携帯フィルタリングに対する誤解
この記事へのコメント
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ごろ太郎
2008年03月20日 11:52
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ほぉ〜論理的説明に納得させられました。 対象が「子ども」という辺りが難しいですよね、この問題。 僕もフィルタリング自体は無い方がおかしいと思う派ですが、SNSを規制するのはおかしいでしょ〜って思う派。 それ言いだしたら極論、インターネット自体が有害とも言えるし。 |
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2008年03月20日 12:02
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どおも〜ごろ太郎さま。
インターネットが自体が有害かもしれませんし、当サイトも有害かもしれません。難しい問題ですよね。 ですが、フィルタリングという選択肢はあっても良いんじゃないかと思います。対象が「こども」というところも難しいですが、テレビとか雑誌も青少年向けに規制はされてますよね。フィルタリングという言葉が無いだけで。 使った事が無いのでどういうものか詳しくは知りませんけども、フィルタはPCのブラウザにもあるわけだし。 あった方がいいと思うんですけども、どうなんでしょうかねえ。 |
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afiliate
2008年03月20日 14:03
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どおも〜ululunさま。
そうですね。私自身携帯フィルタリングはあった方がいいと思うので、私の情報が有害と誰かが決めたなら、決定には従いたいと思います。 誰が決めるのかは難しい問題ですが、テレビや雑誌に関しては誰かが決めた規制が既にかかっているのではないかと思います。 「嫌なものは嫌」と情報を切断するつもりはありません。何らかの方法があれば模索したいと思っています。 一応代案を出させていただきました。 http://afiliate.livedoor.biz/archives/51021127.html コメントありがとうございました。 <追記> ululunさんのおっしゃる残虐な画像を子供に見せるべきという意見は概ね賛同しています。 残虐性が含まれているからと言って、何らかのメッセージ性を持った報道写真までも青少年に見せたらダメだと私は思いません。 大人が何かを伝えたいという意思を持って青少年と真剣に向き合い、見せるべきと思うタイミングで、覚悟を持ってそれらを見せるべきだと思います。テレビで報道されているようなものからも目を背けさせる必要は無いと思います。 ただ、ネットで垂れ流されているメッセージ性も何も無いグロ写真や卑猥画像を、全て青少年に見せる必要があるのかは疑問です。そういうものはテレビでも放送されませんし、見せる必要はあるのかなと思います。 「残虐だから見せる」のではなく、「残虐でも見せる意義があるから見せる」んですよね? 誰が何を持ってフィルタするのかはかなり難しいとは思いますが、それを考え議論する意義はあると思っています。 |

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