『FORTUNE・ARTERIAL』紅瀬桐葉(裏)ルート・7
2008年09月04日23:54
『FORTUNE ARTERIAL』紅瀬桐葉(裏)ルート・6

このエントリは続きものです。
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『FORTUNE・ARTERIAL』紅瀬桐葉(裏)ルート・7

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【孝平】「伊織先輩、あの男の事は何か知っているんですか?」

【伊織】「いや、それが、全然。
俺達以外の吸血鬼を、俺は知らないからね。
水死体があがった時に吸血鬼の噂が立って、確信がもてないまま探していたというわけだ。はじめて自分が知ってる以外の吸血鬼に会ったんだけど、どうやら味方という雰囲気じゃなさそうだね。
俺は、もっとかわいくてグラマーな吸血鬼を希望してたんだが、あんなデカブツが出てきて、正直ハートブレイクだよ。」

冗談はさておき、未知の吸血鬼か・・・。

眷族と他の吸血鬼を食べるらしいということくらいしかわからないけど、伊織先輩が言うようにどう見ても味方ではない。
そして、限りなく強い。
伊織先輩とも互角に戦っていたし、どれだけ本気を出していたかもわからない。
不意打ちとは言え、桐葉を10mも殴り飛ばしている。

瑛里華と瑛里華の母親の助けは不可欠だろう。
なんとしても説得したいところだ。


【征一郎】「支倉。千堂家に行く前に、お前に話しておかなければならない事がある。」

東儀先輩が言う。

【征一郎】「千堂家と東儀家の関係は、長い歴史がある。
そして、俺は瑛里華の母親と面識があり、御側で仕える事もある。
俺には、東儀家の当主として、出来る事と出来ない事がある。
お前が真実を知れば、俺の行動を責める気持ちになるかもしれない。
俺はおまえの味方でありたいと思っているが、瑛里華の母親の敵というわけではない。
結果的に、お前は俺に裏切られたと感じるかもしれない。
それに対して言い訳するつもりは無いが、それは俺にとってもつらい選択だという事を理解してくれ。」

【孝平】「東儀先輩・・・」

【征一郎】「全てを話している時間は無い。
何が起こっても、支倉自身が判断し、行動してくれ。
俺を恨んでも構わない。
ただ、瑛里華の母親が必ずしも悪いというわけではないのだ。
あの方は、自分の心をうまく表現する事が出来なくなっておられるのだ。
それをわかってやって欲しい。」

【伊織】「あの女はね、そんなに良いヤツじゃない。」

【征一郎】「伊織!」

東儀先輩が伊織先輩を睨みつける。

【征一郎】「・・・残念だが、今は伊織とケンカしている時間は無い。
お互い無事に帰って来れれば、ゆっくりケンカをする事としよう。
たぶん、この時間にこの人数で押しかければ、相当ご機嫌の悪い状態で会う事になるだろう。
俺が先に行って簡単に事情を説明するから、後は頼んだぞ、支倉。」

俺は緊張でごくりと唾を飲み込んだ。


東儀先輩の車に東儀先輩、俺、桐葉、白ちゃんが乗り込んだ。
かなでさんのレンタカーに、伊織先輩、かなでさん、陽菜、司が乗り、気を失ったままの翼ちゃんを司が抱えて乗り込んだ。
万が一のために翼ちゃんと桐葉を分け、あの男と何とか戦えそうな伊織先輩、桐葉はそれぞれの車に乗ってもらった。

東儀先輩の車が先導し、俺達は千堂家へ向かった。



闇が深かった。

いつあの男が襲ってくるかもしれない。
その恐怖が、夜の闇をさらに深く感じさせているのだろう。
千堂家に近づくに連れ、外灯も無くなり、道は細くなった。

やがて、道端の空き地に東儀先輩は車を停めた。

【征一郎】「ここから少し歩くぞ。」

俺達は車を降りて、細い山道を歩き始めた。
月が青く輝いているので、何とか道が確認できる。
だが、こういうところで襲われれば逃げ場は無い。
早くこの道を抜けたかった。

司が翼ちゃんをおんぶして歩く。
時々道を踏み外しそうになって、後ろからかなでさんが慌てて支える。

【かなで】「ま、ま、まだなの?」

【陽菜】「孝平君、こ、怖いよ。」

陽菜が俺の後ろに歩きながら、俺のシャツを掴んで歩く。
大丈夫、俺も怖い。


5分ほど歩いて、道が開けた。

【征一郎】「ここだ。」

東儀先輩の指し示す方に目をやると、古びた洋館が建っていた。
昔の洋画に出てくるような古いつくり。
月に照らされておぼろげに全貌が見えているが、明るい時でも、とても近づく気がしないような不気味な建物だった。

【征一郎】「瑛里華はこの洋館のどこかにいるが、まず母親に会うのが先だ。
勝手な真似をすれば、機嫌を損ねる。」

こんな不気味なところに閉じ込められているのか、瑛里華。
瑛里華がこんなところで、これからもずっと暮らさなければならない。
それだけは絶対に嫌だった。
俺は唇をぎゅっとかみ締めた。

【伊織】「征、俺はここまでだ。
俺が行くと話がこじれる。
行けそうになったら連絡をくれ。」

【征一郎】「わかった。」


俺達は洋館の前を抜け、裏手に進んだ。
しばらくして、平屋建ての大きな日本家屋が見える。

【征一郎】「お前達はここで待て。」

東儀先輩が右手を挙げて俺達を制する。
俺達は日本家屋の前に立ち、東儀先輩の連絡を待った。

俺の携帯がワンコール鳴った。
東儀先輩からの合図だ。
俺達はゆっくりと瑛里華の母親が待つ日本家屋に入った。


戸を開けると、東儀先輩から事前に聞いていた通りの、畳の大広間が広がっていた。
大広間の向こうに見える御簾。
その向こうに瑛里華の母親がいる。

【孝平】「失礼します。」

御簾の向こうに声をかけて、大広間へ進む。

−お座り−

御簾の向こうから、そう声が聞こえた。

俺達は正座した。
司は、翼ちゃんを自分の横に寝かせる。


正座した俺は、ぶわっと汗が噴出した。


この声・・・聞き覚えがある。


記憶と共に、あの時感じた冷気を部屋に感じた。
死を恐怖した記憶。

桐葉が主(あるじ)に連れ去られそうになった時、この世のものとは思えない気を放っていたネネコ。
そのネネコの声が、御簾の向こうから聞こえたのだ。

間違いない。

瑛里華の母親が、桐葉の主(あるじ)だ。

冷や汗が吹きだし、喉がカラカラになる。

【主】「今日は大勢で、何事だ。」

不機嫌とも言えない声。
感情が読み取れないトーンだ。

【主】「支倉とやら。そして、桐葉。
情けをかけて見逃してやったものを、よくもまあのうのうとここへ来られたものだな。」

桐葉が連れ去られようとした時以来、桐葉が夢にうなされる事も無かった。
俺達は、情けをかけてもらって見逃されていたのだ。

桐葉の方を見る。
桐葉は目を見開いて、主の声を聞いている。

【主】「これ以上、何を望むのだ?支倉とやら。」

声に苛立ちが含まれていた。
声が思うように出ない。
言うべき事が頭からぶっ飛んでいた。
かすれる声で、俺はようやく声を出した。

【孝平】「え、瑛里華の事で来ました・・・」

言うべき事はたくさんある。
だが、全然まとまらない。
口を突いて出たのが、瑛里華の事だった。
先ほど見た洋館に閉じ込められている瑛里華の事が、一番気になっていたのかもしれない。

【主】「ほう、あの出来損ないの事で来たと。」

声に含まれる苛立ちが、膨らんだ。
自分の家族を出来損ない呼ばわりだ。容赦が無かった。

【主】「あの出来損ないを屋敷から出せということか?」

【孝平】「お、お願いします。」

作戦も何も無かった。
筋道だてて、論理的に説明し、人道的見地から瑛里華を解放してもらい、さらに未知の男の危険性が迫っている事を伝え、その男を倒すための協力求める、そんな事は俺には不可能だった。
大体、『人道的』って言っても、人じゃない。

話そうとしていた話のイメージが、全て小賢しく思える。
この人の前では小細工は通用しない、それを肌で感じた。

頭の中がぐちゃぐちゃで、俺の心は裸同然だった。
子供のように、聞かれた事をそのまま答えるだけだった。


【主】「いいだろう。
お前があの出来損ないの眷族になれば、一緒に屋敷から出してやるぞ。
桐葉とも末永く暮らせる。
お前も・・・都合が良いのではないか?」


一瞬、耳を疑った。
俺が瑛里華の眷族になる・・・。
桐葉と一緒に、ずっと暮らしていける。
もう、悪夢の中で桐葉を探しまわる事もない。

桐葉との生活に不安を覚えた時、何度も浮かんできた考え。
俺はその申し出に心を奪われかけていた。


俺は、無意識のうちに、桐葉を見る。

桐葉の瞳は、哀しい色に包まれていた。
その色は俺の心を引き戻す。

桐葉は、何の変哲も無い普通の俺を好きになってくれた。
いつか俺が先に逝ってしまうとわかっていて、俺を受け入れてくれた。
桐葉は、自分と同じ苦しみを、俺に味あわせたくないと思っているだろう。

桐葉に伝えた言葉。

− 一緒に生きていこう −

それは、俺の覚悟だった。
今のままの自分で、桐葉を守りたい。
俺の、そのままの気持ちだった。

眷族になれば、時間は無限になるだろう。
だが、かえって桐葉が遠くなるような気がした。

俺は眷族にはならない。


俺の中で、結論は出た。


【主】「征一郎、御簾を上げよ。」


御簾が上がる。

そして・・・

御簾の向こうに現れたのは、美しい少女だった。
可憐で華奢な容姿とは裏腹に、まとっている空気は全く違うものだった。
全てを威圧し、ひれ伏させるようなエネルギー。
見かけと、まとっている空気のギャップが、さらに少女の美しさを引き立てていた。

桐葉が目を見開いて、息を呑む。
大広間にいた全員に、緊張が走った。

【桐葉】「伽耶・・・」


桐葉がそう呟いた瞬間、伽耶さんが俺に向かって飛んだ。
黒い風が吹き付けた。
そう思った。

気づくと、俺の腹部に伽耶さんの右手が伸びている。
爪がシャツを切り裂き、先端が腹に刺さっていた。
シャツに血がにじむ。


【伽耶】「桐葉・・・」


桐葉が伽耶さんの右手首を掴んでいた。
そして、伽耶さんの右手が俺の皮膚を突き破るのを間一髪食い止めていた。


【伽耶】「邪魔立てするな、桐葉。
お前もこの男とずっと一緒にいたいのであろう。」

【桐葉】「私はそんな事は望んでいないわ。
今のままの孝平が好き。
大事なのは時間ではないのよ。
伽耶にはそれがわからないの?」


桐葉の手が、伽耶さんの手をじりじりと俺から引き離し、そのまま伽耶さんを御簾の方へ押し戻す。
伽耶さんも力を抜いているわけでは無い。
二人の立っている畳が軋んでいる。

【伽耶】「お前、眷族だろう。
何故、主の私に逆らうのだ!
お前も瑛里華も伊織も・・・誰一人として私のいう事を聞かぬ!!
誰も、誰も・・・」

伽耶さんの声が、かすれる。


次の瞬間、伽耶さんがカッと目を見開いた。
そして、悲鳴に近い伽耶さんの声が、屋敷に響く。

【伽耶】「桐葉!その男を、殺せ!!」


屋敷の空気が、振動した。


【伽耶】「命令だ!!」


桐葉の体が硬直した。
伽耶さんの手を離し、ゆっくりと俺の方を向いた。

桐葉が俺に向かって、右手をあげる。


桐葉。


不思議だ。

こんな時なのに、昔の事ばかり思い出すよ。

教室の俺の後ろの席で、いつも本を読んでいた桐葉。
髪を掻き上げる桐葉が、気になりだしたのはいつの頃からだろう。
あの丘で、夕日を見つめていた物憂げな姿。
俺の膝で子供のように泣いた姿。
心が癒されたジャスミンの香り。
パソコンと格闘する姿。
やわらかい唇。


全てが好きだった。


桐葉と一緒に過ごせて、俺は幸せだった。
桐葉は幸せを感じてくれただろうか。
勝手なヤツで本当に申し訳ない。

桐葉。

可笑しいな、涙が止まらないよ・・・


ぽろぽろと涙がこぼれた。
桐葉の顔がかすんで見える。

桐葉は、苦しそうな表情を浮かべて、右手を震わせる。
顔に脂汗が浮かぶ。
主の命令に抗う苦痛。


【桐葉】「う、う、ああああぁああああっぁあああっっ!!!」

桐葉が叫び声をあげた。

両手で頭を押さえて頭を振る。
苦しみに顔が歪んでいる。


苦しそうに、桐葉が口を開く。

【桐葉】「私、貴方の事が・・・好きなの・・・」

桐葉の目から涙が溢れた。


もういい、もう、耐えなくていいんだ、桐葉。
苦しむ姿を見ていられない。

俺を、俺を・・・


【桐葉】「ああああぁぁぁぁっぁぁっぁぁあああああ!!!!」


桐葉は再び絶叫して、そのまま、前のめりに倒れた。


【孝平】「桐葉!」

桐葉を起こし、抱きかかえる。
桐葉は、かすかに笑った。


【桐葉】「私・・・もう大丈夫みたい。」

【孝平】「桐葉!」

【桐葉】「主より、貴方の方が大事みたい・・・」

桐葉はそうささやいて、涙を流し、もう一度微笑んだ。
俺は、桐葉の手を握り締めた。



【伽耶】「桐葉・・・
主の命令に背くとは・・・
誰も、私の言うことなど聞かぬ・・・
伊織も、瑛里華も・・・
父様も・・・帰って来ぬ・・・」

伽耶さんが、跪く。
その目に涙が溜まっていた。



その伽耶さんの頭を、なでる手。

陽菜だった。


【陽菜】「伽耶さん。伽耶さんが今のままでは、稀人さんが悲しむわ。」

はっとして顔を上げる伽耶さん。

【伽耶】「貴様、何故、父様の名前を!」

稀人、それが伽耶さんのお父さんの名前だった。

【陽菜】「私は、伽耶さんのお母様の妹だったんです。
私と伽耶さんのお母様は、東儀家の姉妹でした。」

【伽耶】「母様の妹?世迷い事を申すな!」

陽菜の声は優しく、伽耶さんを優しく包み込むような慈愛に満ちていた。
陽菜は黙って右手を差し出し、握っていた手を開いた。
右手に緑色の光が輝いている。

陽菜が見つけた緑色の石だった。

【伽耶】「そ、それは、父様が持っていた石!
なぜ、お前がそれを持っている!?」

【陽菜】「今日、この石に呼ばれるような気がしたの。
気づいたら、私、手に取っていた。
そして、この石に触れて、記憶が戻ったの。」

伽耶さんは、石の光をじっと見つめていた。
光の中に、稀人さんとの思い出を見ているのだろうか。

【陽菜】「伽耶さん、落ち着いて聞いて下さい。
稀人さんは、亡くなりました。」

陽菜の言葉に、伽耶さんの顔が歪む。

【伽耶】「嘘だ!父様が死ぬはずはない。」

伽耶さんは気づいていた。
陽菜の瞳が真実を語っている事を。
ただ、その事実を受け入れる事が出来ないでいた。

伽耶さんの目から涙がこぼれた。


【陽菜】「稀人さんは伽耶さまと東儀家を守るために、自分の胸を刺し、千年泉に落ちて亡くなられたのです。
そして、東儀家に、私に、伽耶さんを託されました。
ですが、私は、伽耶さんをお守りする事が出来なかった。
島の力を使う事で、力を使い果たしていたのです。稀人さんが亡くなってから程なくして、私も稀人さんの後を追いました。」

【伽耶】「そんな・・・父様。父様。」

伽耶さんはぼろぼろと涙をこぼしていた。
もはや、涙を流すことをはばからなかった。

【陽菜】「伽耶さん、稀人さんは心から貴方を愛していました。そして、家族を作って、末永く幸せに暮らせる事を望んでおられました。
そして、お母様も、伽耶さまを愛されていました。」

陽菜は伽耶の元を離れた。

そして、かなでさんの手を握って、伽耶さんの前に連れてきた。

【陽菜】「お姉ちゃん、今ならわかるよ。
お姉ちゃんは、今も昔も私のお姉ちゃんだったんだね。」

そう言って、陽菜は持っていた緑色の石をかなでさんに手渡した。

陽菜の時と同じだ。
かなでさんの体が、白く光を放った。

【かなで】「うっ・・・」

小さく、かなでさんが呻く。

少しずつ、輝く光が消えてゆく。光の中心にいたかなでさんは、涙を流していた。

【かなで】「伽耶・・・」


そう言って、かなでさんは伽耶さんの前に跪き、伽耶さんを抱きしめた。


【かなで】「私は、貴方を抱けないまま、死んでしまったの。
私は稀人さんが大好きだった。
私は、稀人さんの子供が出来て本当に嬉しかった。おなかの中で育っていく貴方が愛しかった。この手で抱きたかった・・・」

かなでさんは、伽耶さんの体から離れて伽耶さんの目を見た。

【かなで】「伽耶、私達は家族と暮らす事が出来なかった。
貴方は、私たちには出来なかった温かい家族を作って。
それが、稀人さんも望んでいたことだから・・・」


伽耶さんが、かなでさんから離れる。


【伽耶】「う、うるさい。・・・わ、わたしは、ずっと、ずっと待ってたのだ。
父様が帰ってくるのをずっと待っていたのだ。
一人で、ずっと待っていたのだ!
寂しくない。寂しくなんかない。私は、一人でも寂しくないのだ!!」

伽耶さんは、子供に戻っていた。
もう頭では十分理解している。わかっている。
だけど、生まれてくる感情を受け入れられないのだ。
駄々っ子のように。何も、受け入れられずにいた。

ずっとずっと一人だった寂しさ。
その苦しみが深すぎて、伽耶さんは呪縛から抜け出せずにいる。

今はわかる。
伽耶さんの苦しみが。
伽耶さんの胸の痛みが、俺の胸にも突き刺さっていた。


【伽耶】「私は家族なんて欲しくない。
もう、誰も私の言うことなんて聞かなくていい。
出て行け・・・皆、出て行け・・・」

伽耶さんは腕を振り回して、かなでさんと陽菜を叩く。
その力は、吸血鬼のものではなかった。
泣いて駄々をこねる少女の力だった。

かなでさんが伽耶さんに突き飛ばされて、倒れた。
手に持っていた緑色の石が転がる。


俺の前に転がってきた石。

俺は、まるで、そう決まっていたかのように、その石に手を伸ばした。
俺の体が白い光に包まれる。

記憶の渦が俺の中に溢れた。


俺が・・・


稀人だったのか・・・



気づいたら、俺は伽耶さんの前に立っていた。

【孝平】「伽耶。」

いぶかしげに俺を見る伽耶さん。

そして、気づいた。

【伽耶】「うわああああっっっっ」

言葉にならない声を上げ、俺の胸に飛び込む伽耶さん。
この少女は、どれだけの痛みを抱えて、どれだけの間、この時を待っていたのだろう。

【孝平】「すまなかった・・・伽耶。」

【伽耶】「父様。
父様。寂しかった。寂しかった。寂しかったよ・・・
私、私、ずっと、ずっと、待ってた・・・
父様。
う、
う、う、うううううううううっっ・・・」

伽耶さんは、俺の胸の中で泣き崩れた。

何百年と続いた、悲しみ、苦しみ、孤独。
その全てを、洗い流すように、伽耶さんは泣いた。



気づくと、瑛里華と伊織先輩と東儀先輩が立っていた。

【瑛里華】「支倉君。征一郎さんから聞いたわ。
来てくれて・・・ありがとう。」

【伊織】「あーあ、人の母親、こんなに泣かしちゃって。」

【伽耶】「う、うるさい!
お前ら、父様に挨拶もできんのか。」

瑛里華と伊織先輩が目を丸くする。

【瑛里華】「えっと、支倉君が・・・母様の父様!?
お、お、おじいさま!?」

【孝平】「うーん、その呼び方は、ちょっと。」

俺は伽耶さんを抱きしめたまま、頭を掻いた。
緊張が解け、ようやく笑顔になれた。

【孝平】「詳しい事は、今から話したいと思う。
簡単に言うと、俺は伽耶さんのお父さん、稀人だった。
この石には、眠っている記憶を呼び覚ます力があるんだ。
この石に触れて、稀人だった時の記憶がよみがえったんだ。
だけど、俺は支倉孝平だ。
今までどおり、支倉君って呼んでくれよ、瑛里華。」

瑛里華は顔を赤くする。

【瑛里華】「ちょっと・・・いつの間に・・・何で呼び捨てになってんのよ。」

【孝平】「いや、会長とか元会長とか言ってたら、たくさんいるから混乱するだろ。」

瑛里華を目の前にして改めて言うと、俺も少し照れる。

【伽耶】「瑛里華、何を照れておるのだ?
父様が『瑛里華』と呼び捨てにするのは、当然だろう。」

ま、まあ、そうなんだけど・・・。


【桐葉】「事情はわかったけれど・・・一体いつまで抱きあってるのかしら?」

桐葉が腕組みして俺を見てる。
懐かしいフリーズドライの目に戻っていた。
そーっと伽耶さんから手を離す俺。

その手をぎゅっと掴んで伽耶さんが言った。

【伽耶】「桐葉。堅い事を言うな。父様とは・・・250年ぶりだぞ。」

伽耶さんが、かわいくすねていた。



大広間にみんなが集まった。

翼ちゃん以外は輪になって座った。
伽耶さんの計らいで布団が敷かれ、翼ちゃんはそこに横たわっていた。

伽耶さんが立ち上がって、話を始めた。

【伽耶】「瑛里華の事で、皆に迷惑をかけて、済まなかった。
これからは、父様や母様、母様の妹君の気持ちを大事にしたい。
私に出来るかはわからないが、温かい家族を作るために努力したいと思う。
皆、これからも、瑛里華をよろしく頼む。」

そう言って、伽耶さんは頭を下げた。
白ちゃん、陽菜、かなでさんが笑顔で拍手する。
伽耶さんは頬を赤くした。

続いて、俺が立ち上がる。

【孝平】「改めて言う。俺は伽耶の父、稀人だ。
そして、東儀の姉妹の姉と結婚した。つまり、かなでさんの夫だった。
ある時、流行り病の元凶が東儀家であるという疑いが村に広がり、それを収めるために、陽菜が言った通り、俺は胸を貫いて千年泉に落ちて命を落としたんだ。」

東儀先輩が興味深そうに頷く。

【孝平】「その時代の詳しい話は、後日改めてしたいと思うが、問題なのは、この島に来る以前の記憶だ。」

俺は、頭の中を整理するように、天井を仰いだ。

【孝平】「伽耶。瑛里華。
俺達は今日、キャンプ場で吸血鬼に襲われた。
そして、司の双子の妹、翼ちゃんがその吸血鬼に眷族にされてしまったんだ。」

瑛里華が息を呑み、伽耶さんが眉を僅かにゆがめた。

【孝平】「そいつの名は『闇人(ヤミヒト)』だ。俺と闇人は、以前、同じ師に仕えて研究をしていた。俺はその時、真人(マサヒト)という名前だった。
俺達がやっていた研究は、永遠の命と尋常ならざる力を得る研究だ。
人間の中に眠る力を呼び出すには、『獣』を避けて通る事が出来なかった。
俺は『獣』を抑えて、力を得る方法を考えていた。
しかし、闇人は自分自身が『獣』になる方法を考えていたのだ。
ある時、師は闇人の考えを危険と思い、闇人を破門した。
闇人がいなくなってからも、永遠の命を得る研究は進み、ついに、永遠の命と尋常ならざる力を得る『紅い珠』が完成した。
俺を含めた数人の研究者は、それを飲んで永遠の命と尋常ならざる力を得たが、『獣』の詳しい事など、わからない事も多く、研究はまだ中間地点と言うところだった。
お前達は永遠の命と尋常ならざる力を得た者を『吸血鬼』と呼んでいるが、俺達は『永遠(とわ)なる者』と呼んでいた。」

俺は伽耶を見た。

【孝平】「伽耶には、珠は無い。伽耶は、俺と東儀家の姉の間に、純粋に出来た子供だ。東儀家の妹が、島の力を使ってくれたお陰で生まれたのだ。
ただ、そのために、東儀家の妹は力を使い果たして、数年で亡くなっている。
これは、陽菜の話でわかったことだ。」

そして、伊織先輩と瑛里華を見る。

【孝平】「俺は伽耶が寂しくないよう、新しい家族を作れるよう、この島の材料で新たな珠を作った。それが伊織先輩と瑛里華の中にある蒼い珠だ。」

伊織先輩と瑛里華は自分の胸に目をやった。
そして、顔を見合わせた。

東儀先輩が口を開く。

【征一郎】「ちょっと待ってくれ。闇人は紅い珠が完成する前に破門されていたのだろう。何故、今日のようなあんな力を持っているのだ?」

【孝平】「闇人は・・・」

言葉をためらう。
つらい記憶だった。

【孝平】「闇人は研究者の一人の胸を生きながらに開き、紅い珠を取り出して喰らったんだ・・・」

白ちゃんがひぃっと声にならない叫びをあげる。

【孝平】「尋常ならざる力を手に入れた闇人は、残った研究者を次々と襲って、珠を取り出して喰らっていった。研究者は研究を捨て、逃げまどった。
そんなある日、師は一つの発見をした。
紅い珠を消す方法だった。俺を呼び出して、俺に紅い珠の消し方を伝えた。
その情報が詰まっていたのが、陽菜が見つけたあの『記憶の珠』だ。
あの緑の珠には、記憶を呼び覚ましたり、情報を伝えたりする力が宿っている。」

【征一郎】「なるほど・・・」

【孝平】「記憶の珠を受け取った時、師と俺は、闇人に襲われた。
闇人の力は、俺達の力をはるかに凌駕していた。
師は嬲り殺され、俺は大怪我をして、嵐の海に落ち、気づいたらこの島に流れ着いていた・・・」

【征一郎】「眷族の事は研究されていなかったのか?」

【孝平】「眷族の事は俺達にはまだわかっていなかった。
俺はこの島に来て、徐々に眷族の事がわかった。自分の血を飲ませると眷族が出来る事。獣が眷族をつくりたがる事。血を飲むと獣が落ち着く事。
俺は友人を眷族にするという悲しみを伽耶に味わって欲しくなかった。
だが、結果的に伽耶にはうまく伝わっていなかった。
その事で伽耶や伊織先輩、瑛里華にはつらい思いをさせたと思っている。
すまない・・・。」

【伽耶】「父様。気にするな。」

伽耶が言う。
俺は伽耶に微笑みかけて、話を続けた。

【孝平】「おそらく、闇人も研究を続けて、眷族を喰らうことを見出したのだろう。
闇人は当初の考えどおり、人間の中に眠る力、『獣』の力を全て引き出すために、『獣』になる方法を探していたと思う。
それが、珠を喰らうこと、他の吸血鬼の眷族を喰らうことなのだろう。」

【征一郎】「闇人の珠を消すことはできるのか?」

【孝平】「消す事は出来る。
だが、闇人にかなり接近しなければ消す事は出来ない。
それから、これは推測の域になるのだが・・・」

俺の胸に不安が満ちる。

【孝平】「完全に『獣』の力を手に入れてしまえば、おそらく、珠は不要だ。
珠を消しても力を失う事は無いだろう。
闇人は、その状態に近づいていると思う。」


【伊織】「話は大体わかった。
だけど、『獣』の力を手に入れて、その後は一体どうするつもりなんだろうねえ。」

【孝平】「それは俺にもわからない。
ただ、次々と眷族を作れば、世界を支配する事も可能だ。
不老不死と、尋常ならざる力と、従順な僕(しもべ)。
望む限りの事が出来るだろう。」


場に重苦しい空気が満ちる。
誰もが沈黙した。


【伽耶】「ならば、その闇人とかいうのを、倒せばよかろう。」

口を開いたのは伽耶さんだった。

【伊織】「大正解。」

伊織先輩が指を鳴らして、伽耶さんを指差す。

【瑛里華】「千堂家の力を甘く見てもらっちゃ困るわ。」

瑛里華の表情は明るかった。

【瑛里華】「せっかく屋敷から出られるようになったのに、世界が無茶苦茶になったら堪らないわ。私はまだまだ乙女の青春を楽しみたいのよ。」

屈託ない表情で笑う。
それでこそ瑛里華だ。

【瑛里華】「私、お茶淹れるわ。
みんな、緊張して疲れたでしょ?」

場の重苦しい空気が、溶けていく。



その時、桐葉が突然、前のめりに倒れた。

後ろに翼ちゃんが立っている。
桐葉の首筋に手刀を叩き込んだ姿勢だ。

【司】「翼!やめろ!」

司が叫び、翼ちゃんを捕まえようとする。

翼ちゃんは、驚異的なスピードで司の手を避け、近くにいた白ちゃんを壁に容赦なく弾き飛ばした。
壁に激突する前に、伊織先輩が白ちゃんの体を受け止めた。
その一瞬、全員の判断が僅かに遅れた。

翼ちゃんは、気を失った桐葉を抱え、そのまま障子を突き破って外へ出た。
闇の中に、逃げる。


瑛里華、伊織先輩、伽耶さんが、すぐに闇に飛び出した。

俺も闇へ飛び出した。



『FORTUNE・ARTERIAL』紅瀬桐葉(裏)ルート・8